Saturday, December 02, 2006

透明


ダイヤモンドと石炭。

見た目はまったく違う。

ダイヤモンドは、透明で光り輝く。

石炭は、黒く不透明。

でも、どちらも炭素からできている。

炭素を圧縮し密度を高めていくとダイヤモンドになるらしい。

目に見える身の回りの物体を、高い圧力をかけ、圧縮すると透明になるらしい。

一見、圧縮すると、色も濃くなりそうに思う。

しかし、透明になる。

密度が高いものは透明…

私達の視覚ではとらえられないものになる。

目に見えるもの以上の、絶大なパワーを持つものになるのだろう。

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

よく、「エネルギーを感じる」といった表現が使われますよね。

エネルギーは目には見えないものですよね。

でも、何にも見えない所に、エネルギーを感じることがあるということは、やはりそこに何かが「存在」しているのではないでしょうか?

目に見えるものを圧縮していくと透明になる・・・

本物は、そのもの自体の存在を誇示するのではなく、さりげなく、しかも、光り輝く、そんな存在なのかもしれません・・・

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明日は、いつも通り、このブログはお休みさせて頂きます。
「空へ」をお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

それでは皆さん、よい週末をお過ごし下さい!

Friday, December 01, 2006

際限なき父の愛


昨日、一人の友人からウエブサイトのアドレスが送られてきた。

そのアドレスに添えられていたその友人のメッセージにはこう書かれていた。

「It is the most beautiful story.(最も美しい物語)」

そして、その友人は、「夫婦で一緒にそのサイトを見ながら、赤ちゃんのように泣いた」とも書いていた。

私はすぐに、そのサイトに飛んだ。

そこには英語の文章が書かれていて、最後にビデオを見ることのできる画面があった。

それは、一人の偉大な父親の愛の物語だった。

障害を持って生まれてきた息子のため、公式マラソンだけではなく、トライアスロンまでも始めた父。

しかも、マラソンもトライアスロンも、一人で参加するのではない。

いつも息子と一緒なのだ。

走る時は、車椅子の息子を押しながら走る。

自転車では、息子を乗せて走る。

そして、水泳では、ボートに乗せた息子を引っ張りながら泳ぐ。

通常、不可能と思えることを、この父の愛は可能にした。


そして、息子の一番したいこと、それは…

一度でいいから、父親を椅子に座らせ、自分が父親を押すこと。

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

私は、昨日、この友人の送ってくれたアドレスのサイトを見ながら、涙を止めることができませんでした。

もし、宜しかったら皆さんもこちらをご覧になって見て下さい。(お仕事中は要注意!)

「愛」という、形もなく、目にも見えないものが、不可能を可能にする。

改めて、「愛」の偉大さを感じました。

送ってくれた友人に感謝です。

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それでは皆さん、今日も楽しい一日をお過ごし下さい!

Thursday, November 30, 2006

朝の太陽


太陽。

私達にとって、無くてはならない存在。

太陽の存在無くしては、地球上に生命が誕生することも無かった。

太陽には様々なパワーがある。

太陽が無くては、光合成はできない。

太陽が無くては、明かりはない。

太陽が無くては、ありとあらゆるものが凍えてしまう。

太陽がなくては、私達は生きていけない。

多くの古代文明が、太陽を崇拝していた。

太陽は全てをつつみ、全てを超越した存在だ。

朝は、そんな太陽の光につつまれることから始める。

それが、元気の秘訣…

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんは、朝起きてすぐ、太陽の光を浴びられますか?

以前、ある方から、「朝起きたら太陽を見て感謝しなさい」と言われたことがあります。

これは、とっても大切なことだと思っています。

科学的にも、太陽の光を見ることによって、心身を覚醒させる作用を持つ、脳内神経伝達物質「セロトニン」が活動しやすくすることが分かっているそうです。

皆さんも、朝起きたらまず太陽の光を浴びてみませんか?

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それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!

Wednesday, November 29, 2006

1日2万回


私達人間は、1日に2万回以上していることがある。

呼吸だ。

1日に2万回、何かを意識的にすることはとても大変なことだが、呼吸は無意識に行なっているため、通常、負担に感じることはない。

他にも、臓器や、交感神経や副交感神経など、意識して動かすことなく動いてくれている働きがたくさんある。

私達が意識することなく、私達の体を保ってくれている。

普段意識することが無いだけに、ふとその事実に気付くと、畏敬の念を感じる。

自分は「生きている」だけではなく、やはり「生かしてもらっている」と感じる。

ありがとう…

感謝の気持ちで一杯になる・・・

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんは、呼吸について考えられたことありますか?

最近、何故か呼吸法などについての情報が、目に飛び込んできたりします。

よく書かれているのが、通常の生活ではどうしても浅い呼吸しかできていないということです。

一日に2万回以上行なっているとすれば、一回一回の呼吸量の差は、一日単位で考えると膨大な差になりますよね。

気付いた時だけでも、深呼吸してみようと思っています。

皆さんも、一緒に深呼吸いかがですか?

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それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!

Tuesday, November 28, 2006

キャッチボールとドッジボール


小さい頃、父とよくキャッチボールをした。

私が投げたボールが、同じリズムで父から返ってくる。

たまに受け損ねて、顔に当たり痛い思いをしたりもした。

それでも、自分の投げたものがきちんと返ってくる、その繰り返しがとても楽しく感じられた。

小学校では、ドッジボールも、縄跳びと鉄棒と同じくらい大好きなものの一つだった。

自分に向かって飛んでくるボールをキャッチできた時とても嬉しかった。

しかも、そのボールが速ければ速いほどキャッチできた時の喜びは格別だった。

反対に、自分が投げたボールを相手がキャッチできなかった時も嬉しかった。

そして、もっともっと速いボールを投げたいと思った。

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でも、よいコミュニケーションをいずれかで例えれば、間違いなくキャッチボールだろう。

たまには、変化や速度のあるボールにより、視点を変えられることもあるかもしれない。

しかし、スムーズなキャッチボールができなければ、スムーズな「コミュニケーション」は成り立たない・・・

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんもきっとキャッチボールやドッジボールはされたことがあるのではないでしょうか?

私は小さい頃から、かなりのオテンバで、キャッチボールやドッジボールが大好きでした。

どちらをしていても、時間はあっという間に過ぎてしまっていました。

特に、ドッジボールは、休み時間の開始のベルと共に運動場に駆け出し、ベルが鳴っても止めるのが難しいくらい熱中した時期がありました。

キャッチボールとドッジボール、どちらも自分が「投げる」という動作と、「受ける」という動作が含まれるわけですが、意図していることは明らかに正反対ですよね。

キャッチボールは、自分なりにいいボールを投げながらも、相手が取りやすい位置に投げることにも気を配ります。

反対に、ドッジボールは、できるだけ相手に取りにくいボールを投げ、相手に取られないようにします。

毎日の生活にかかせない、人とのコミュニケーションの中では、ドッジボールよりも、キャッチボールをしたいな~と思う朝です。

皆さんはいかがでしょうか?

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それでは皆さん、今日も楽しい一日をお過ごし下さい!

Monday, November 27, 2006

マラソン


小中学生の頃、学校で、毎年マラソン大会があった。

何故か昨日ふとそんなことを想い出した。

私は、マラソンが大嫌いだった。

いつも、「意地」とも言える「気力」だけで走っていたように思う。

マラソンは、私にとって自分との闘いだった。

止まろうと思えば、勿論いつでも止まることはできた。

しかし、止まった瞬間、自分との闘いに負ける。

あともう少し、あとちょっとだけ、頑張ろう。

あのカーブを過ぎれば、あの角を右に曲がれば、ゴールに近づく。

がんばれ、がんばれ。

自分で自分を励ましながら走っていた。

止まりたくない、今も同じ気持ちだ・・・

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皆さん今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんは、長距離走はお好きですか?

きっと、学校でマラソン大会や持久走など、走られたことがあるのではないでしょうか?

私は、大嫌いでした。

でも、その大嫌いだったものに、今は、感謝しています。

昨日、ふとしたことで思い出したマラソンの想い出は、決して楽しいシーンばかりとは言えません。

でも、多くのことを学ばせてもらいました。

日常生活の中でも、同じような場面があるのではないでしょうか。

立ち止まることはいつでも簡単にできます。

でも、立ち止まれば、周囲の景色が変ることはありません。

そして、ゴールすることはできません。

一歩でも前に踏み出し続けていたいと思います。

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それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!