Saturday, September 23, 2006



「禅のヒント」(パトリス・ジュリアン著;実業之日本社)

これは、数年前ふと手に取った本だ。

今まで私は、座禅を組んだことは一度もないが、この本に書かれていることは興味深いものだった。

「苦しいときには苦しい、辛いときは辛い、これで答えは出尽くしています。しかし、これをなくそうとジタバタすると状況を悪化させてしまうのです。」

「苦しみの波を押し止めると、波は無数に増えます。手をつけずにそれと一体になれば、たった一つの波で終わりです。」

座禅とは、リラックスするためのものではなく、精一杯の力を振り絞って行なうもの。

ただ座る。まっしぐらに座る。

ただひたすら座る。

どこまでもシンプルだが、簡単なことではない。

一種のパラドックス...

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皆さん、今日も遊びに来て下さってどうも有難うございます。

皆さんは、座禅を組まれたことがありますか?

私は、一度もないのですが興味はあります。

上記の本に書かれている座禅の方法は、「数息観」という方法です。

これは、呼吸に全神経を集中させ、1~10まで数に合わせながら、呼吸をするというものだそうです。

眠い場合は、息を吸うときに1から10までをカウントし、頭の中がゴチャゴチャしている場合は、息を吐くときに数字を数え、眠くて頭の中がゴチャゴチャしている場合は、息を吐くときと吸うとき、どちらもカウントするとよいそうです。

そして、数字の意味は関係なく、ただ「1」なら「イィィィィチ」と、四十分間ずっと、気を抜かずに、精一杯の力を振り絞って行なうものだそうです。

どんな思いが浮かんできても、すぐに「イィィィチ」に戻る。

何事も、基本に戻ること、そしてシンプルに捉えることが大切なのかもしれませんね...

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それでは皆さん、よい週末をお過ごし下さい。
また月曜日にお会いしましょう。

明日は、もう一つのブログ、「空へ」を更新しますので、もし時間があったら読んで見て下さいね。

Friday, September 22, 2006

天の川


先日、田舎に帰った時、久しぶりに天の川を見た。

小さい頃は、夜空を見上げれば当たり前のようにいつもそこにあった天の川も、最近は、くっきりと浮かび上がって見えることは少なくなったように思う。

先日空を見上げた時は、空気が乾燥していたこともあり、いつもより空気が澄んでいたのだと思う。

通常は、空気に含まれている水分は目に見えない。

しかし、様々な役割を果たしている。

雲を形づくるのもその役割の一つだろう。

そして、その水蒸気がある一定量を超えると、雨となって地上に降り注ぐ。

自然のサイクル。自然の力。

畏敬の念にかられる...

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

普段、自然の力について特に考えることってあまりありません。

しかし、今回の台風による被害のように、人間の力ではどうすることもできない自然災害が生じると、自然の驚異的な力をまざまざと見せつけられ、その目には見えない存在に圧倒されたりします。

皆さんが、自然の力を感じられる時ってどんな時でしょうか?

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それでは皆さん、今日も良い一日をお過ごし下さい!

Thursday, September 21, 2006

蜘蛛の巣


都会に住んでいるとあまり目にする事はないが、田舎ではよく蜘蛛の巣に遭遇していた。

裏山の道を早朝散歩していると、朝露に濡れた蜘蛛の巣があり、避けて通ったりしていたことを思い出す。

蜘蛛の巣をよく見ると、精巧に作られていることが分かり、そのパターンの一種の美に見入ったりする。

しかし、数年前、衝撃的な光景を目にした。

蜘蛛の巣に蛾がひかかっていた。
そして、蜘蛛が今にも蛾を食べようとしていたのだ。

私は、その光景を目の前にしながら、何もできなかった。

まず、蛾が可愛そうだと思った。

しかし、その一方で、私が蛾を助ければ、蜘蛛は飢え死にしてしまうかもしれない、と思った。

そこには、自然の摂理があり、私などが介在できることではないと感じた。

そして私は、そこに留まる勇気はなく、静かにその場を後にした。

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皆さん、今日も遊びに来てくださってどうも有難うございます。

みなさんは、蜘蛛の巣を目にすることはありますか?

個人的に、蜘蛛や、蜘蛛の巣が好きな訳ではないのですが、蜘蛛の巣のパターンは、とてもきれいに作られています。

蜘蛛には、一夜にしてあのような立派な巣を作ることのできる能力が与えられていて、それは、蜘蛛が生きていく上でなくてはならない能力なんですよね。

虫も動物も植物も、あらゆる生き物は、自分に適した能力を与えられ、自分に適した生き方をしているのだと改めて思ったりしました。

人間も同じなのではないでしょうか...

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それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい。

Wednesday, September 20, 2006


雲。

小さい頃、雲の上で飛び跳ねたり、寝っ転がったりしたいと真剣に思っていたことがある。

物理的にそれが無理だと分かったときは、とても寂しい気がしたことを思い出す。

いつ頃からか、雲を見ると、必ず何かの形に見えるようになった。

それまでは、ただ単に「雲」としてしか見えなかった。

それ以来、雲を見る楽しみが増えた。

まず、最初に見たときに見えた形を楽しみ、そして、次に、何か他の形に見えないか考える。

するとまた何かの新しい形に見えたりする。

これは、ある意味、自分の物の見方の柔軟性をきたえる練習になっているのかもしれない。

一つの見方にとらわれてしまった時は、どうしても一つの形にしか見えないこともある。

しかし、一瞬一瞬変化していく雲は、心をオープンにさえしていれば、無数の形に見えるのではないだろうか。

一つの見方にとらわれず、様々な観点から見れるようになると、ますます空を見上げるのが楽しくなる。

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みなさん、お久しぶりです。
お元気でしたでしょうか?
長期出張のため、このブログは、随分長いお休みを頂いてしまいました。

さて、みなさんも、一度は雲を眺めながら、何かの形に似ていると思われたことがあるのではないでしょうか。

雲は、絶えず形を変えながら流れていきます。

一つの形に固定されず、様々な条件により、ある部分は消え去り、ある部分は厚みを増し、また部分部分が離れたりひっついたりしながら形を変えていきます。

自然に身をまかせ、逆らうことなく、漂う姿を眺めているだけでも、心が安らぎます。

時には、ぼ~っと空を見上げてみるのもいいものではないでしょうか。

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それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい。