Saturday, July 29, 2006


緑の中を散歩するのが大好き。
田舎の山の中を歩くのが大好き。

小さい頃、よく山の中を歩いた。

山の中の植物は、別に誰もお水をあげたりしていないけど、元気よく育っている。

でも、自分の部屋のベランダの植物は別。

一杯愛情を注いで、気をつけてあげていないとすぐに元気がなくなってしまう。

お友達で、ベランダに一杯きれいなお花を咲かせている人がいる。
緑に触れているだけで、心が癒されるそうだ。

おそらく、お友達と植物は、どちらもその存在によって元気になっているのだと思う。

よく考えてみると、あらゆることにこれは当てはまるのだと思う。

例えば、だれかが寂しいと思っている時、もし、私がその人の寂しさを少しでも分かち合えれば、その人の寂しい思いは少しは軽くなるだろう。そして、私もそれによって温かい気持ちになれるだろう。

いつも、お友達とお花のような関係でいたい。

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皆さん今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんは、植物を育てるのが得意なほうですか?
私は、あまり得意ではありません。

緑の中を散歩したりするのはとても好きなのですが、私にとって、自分の家のベランダで植物を育てるのはなかなか大変なことです。

今日も暑くなってきたので、まず、ベランダの植物にお水をあげてからお仕事を始めます。

それではみなさん、楽しい週末をお過ごし下さい!
このブログ、日曜日はお休みさせて頂きますので、また来週お会いしましょう!

今日もよい一日をお過ごし下さい。

Friday, July 28, 2006

せみ


朝からせみが鳴いている。

小学生の頃、よくあみを片手に走り回っていた。
せみや、かぶと虫や、とんぼを追いかけていた。

せみの一生は短いと聞いたことがあるが、
せみが地上で過ごす時間は本当に短いらしい。

まず、せみが卵を木にうみつける。

冬を越えてふ化した幼虫は、土の中にもぐり込み、
7年間という時間を土の中ですごす。

そして、地上に出てきて、たった2週間程でこの世から去っていく。

2週間のための、7年間。

長いと感じるか、短いと感じるか...

何かを達成しようとした時、そこに至るまでには準備期間が必要だ。
数分で達成できることもあれば、何年、何十年とかかって初めて達成できることもあるだろう。

しかし、そこに向かう日々の過程を楽しむことが大事なのだと思う。

なぜなら、達成した瞬間の喜びは、何物にも代えがたいが、その喜びが継続する時間は短く、達成した瞬間、また次の何かを達成すべく歩み出すことになるからだ。

その時その時をしっかり歩いていこう。

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みなさん、今日も遊びに来て下さってどうも有難うございます。

みなさんは、虫取りをして遊んだ想い出がありますか?

私は、夏休みになると、田舎に遊びに来た親戚の子供達と一緒に
あみを片手に走り回っていました。

せみの地上で過ごす時間は、わずか2週間だそうですが、
きっとせみはそれを短いとも長いとも思っていないのでしょう。
思いっきり自分の毎日を生きているのでしょう。

人生がもし2週間しかないとしたら、あなたはどんな風に生きたいですか?

みなさん今日も楽しい一日を!

Thursday, July 27, 2006

水泳


小さい頃、私は殆ど泳げなかった。
水中で、目を開けることすら出来なかった。

原因は、決してきれいとは言えなかったプールの水
(だと思っている)。

小学校5年生の時、私の通っていた小学校に、新しいプールができた。

すると、不思議に泳げるようになった。
そして、その年の夏、私はいきなり水泳の競技会に出場することになった。

そのため、夏休みに入ってからの最初の10日間ほど、毎日水泳の特訓があった。

それは私にとっては、文字通り「特訓」だった。
今でもその時のつらさやしんどさは忘れられない。

プールには7コース程あったと思うが、第1コースから飛び込み、息継ぎ無しで25mを泳ぎ、今度は第2コースを反対側から、また息継ぎ無しで25mを泳ぎ、更に第3コース、第4コースと、第7コースまで泳ぐ。

プールサイドには、棒切れを片手にゆっくりと歩きながら生徒を見守る先生。

私は、とにかく死に物狂いで泳いだ。
そして、家に帰るとぐったりしていた。

次の日の朝、練習に行くのが嫌で嫌でたまらなかった。
体力的にも精神的にも疲れていたせいか、体がだるくてだるくてたまらないのだ。
食欲もあまりなく、病院にも行ってみたことがあったが、「自律神経失調症」とだけ言われた。

毎日、母親にプールまで車で送ってもらい、更衣室で水着に着替え、シャワーを浴びる。しんどくてしんどくて、帰りたい帰りたいと心の中で繰り返していた。

しかし、不思議なことに、水の中に入ると、何故か体が楽になった。

それはまるで、「しんどいのによく頑張って来たね」と言って、誰かがご褒美に、楽にしてくれているようだった。

競技会の結果は、あまりよいものではなかった。

でも、私は、この経験にとても感謝している。
当時は、とても恐いと思っていた、指導して下さった先生にも、心から感謝している。

この経験が、何度私を勇気付けてくれたことか...

その後、何かしんどいことがあっても、「あの時のあのしんどさに比べたら、こんなのなんともない」と思えたのだ。

本当にありがとう。

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今日も読んで下さってどうもありがとうございます。

みなさんは、泳ぐの好きですか?
私は、今日お話したことがあって以来、あまり好きではありませんでした。

でも、今は、好きです。
といっても、そう頻繁に泳いでいるわけではないですが...

その時はしんどくても、後々それが大きな励みになる。
そう思えると、しんどいことも、気分的に少しは楽になれるのではないでしょうか...

今日も皆さんよい一日を!

Wednesday, July 26, 2006

絵葉書


昨日、一枚の絵葉書がポストに届いていた。

その絵葉書の写真には、ブラジルのリオデジャネイロの街と、その向こう側に広がるグアナバラ湾を、コルコバドという山の頂上から見下ろしているキリストの像がおさめられていた。

空には、低く垂れ込めた灰色の雲。

何故だか分からないが、私の目と心は、この写真に釘付けにされた。

この写真を見た瞬間、何か熱いものがこみ上げてきた。
そして、温かい気持ちになれた。
何故か、安心感をくれる。

私は、クリスチャンではないが、この写真から、私達は、何か大きな力によって守られているような気がした。

私は、ブラジルには行ったことがないが、必ず行きたい場所の一つになった。

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今日も遊びに来て下さってどうも有難うございます。

皆さんは、筆まめなほうですか?

私は、最近は、メールがあるので、旅行にでも行かなければ、
近況を葉書でお知らせするということは殆どありません。

でも、どなたかから頂くととても嬉しく思います。

直筆の字のぬくもりが感じられたり、何故その葉書を選んで
くれたのだろう、と考えたり...

折りしも暑中お見舞いの季節ですので、今年は少しでも
出してみようと思っています。

それでは、皆さん、今日もよい一日を!

Tuesday, July 25, 2006

動きだす


会社を設立する日が具体的になってから、私の周りでめまぐるしいほどいろいろなことが起きた。

具体的に動き始めたのは、設立した日のわずか3週間ほど前。

なぜだか分からないが、自分が具体的に動き始めると、急に周りも具体的に動き始めてくれたように感じた。

いろんな人との素晴らしい出会いや、自分の方向性を教えてくれるような本との出会い、そして何よりも、今まではっきりと言葉では表現できなった自分のミッションに気づかせてもらった。

そして、私の大好きな挑戦がいくつも現れてくれた。

さあ、これからだ。

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皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

昨日、会社の銀行口座を開きに行ってきました。
一つ一ついろんなことが形になっていくのは、わくわくします。

ちょっと前までは、考えてもいなかったことが、形になっていくのは
本当にエキサイティングです。

具体的に一歩踏み出すと、何故か周りも一緒に動き出してくれるみたいです。

みなさんも、一歩踏み出してみませんか。
きっと皆さんの周りも一緒に動き出してくれるはずです。

それでは、今日もよい一日を!

Monday, July 24, 2006

すいか


小さい頃、夏になると、祖父母のところにスイカをもらいに行っていた。

暑い暑い午後3時、縁側で大好物のスイカをみんなで食べるのがとっても楽しみだった。

以前、テレビで、四角いすいかを見た。
四角い枠の中で育てるらしい。

私はちょっぴり複雑な気がした。

すいかは丸くなりたいのに、自分の好きなようには成長させてもらえない。
最初の内は、自由に成長できる。
でも、ある一定の時期をすぎると、ある部分は枠にぶつかり、それ以上成長できなくなる。

そして、その枠の中におさまるように成長するのだ。

人も同じかもしれない。

でも、もしスイカに枠を破壊するだけの力があれば、その枠を超えて成長できる。

アスファルトの間から芽を出す草もある。
決して不可能じゃないはず。

すいかに「想い」があるかどうかは私には分からない。
でも、人には「想い」という強力なエネルギー源がある。

枠を壊すことは勿論簡単じゃない。

でも、鍾乳洞が水滴で形作られていくように、時間をかけて少しずつ、少しずつ変形させていくことはできるはず。

きっと、いつか枠が枠ではなくなるはず。

そして、明るい枠の外に飛び出せるはず。

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みなさん、今日も遊びに来て下さってどうも有難うございます。

みなさんの小さい頃の心に残る夏の想い出は何ですか?

私は、夏になると、歩いて15分ほどの所にある小さな川に、よく泳ぎに行っていました。

今は、あまり水量も多くなく、水質も昔に比べると悪くなっているので、誰も泳いではいませんが、私はその川が大好きでした。

大学1回生の夏休み、友達と二人、その川のほとりの岩の上に腰をかけ、冷たい水の中に足をつけて、川の流れに耳を傾けながら時間をすごしたことを思い出します。

水の音は、何か心を癒してくれる作用があるようです。
今でも、水の音が大好きです。

それでは、皆さん今日もよい一日を!

Sunday, July 23, 2006


昨日は久しぶりに青空が見えた。

大阪へ行く途中、電車の窓から外を見ていると、いつの間にか、稲が風に大きくゆられるほど成長していて、その緑色が目に鮮やかだった。

畑には、なすびやトマト、きゅうりなどが元気に育っていた。

多くの野菜は、種から育つ。
よく考えるととても不思議。

例えば、きゅうりの種を見せられても、もし、種からきゅうりが育つことを知らなければ、そんな小さな種から、たくさんのきゅうりができるなんて思いもしないだろう。

種はそのままでは成長できない。

でも、適切な季節に、土の中に蒔き、水をやり、肥料を与えると、太陽の光を受け、やがて美しくみずみずしい小さな芽を出し、そして、空へと向かって伸びていく。
すごいエネルギー。
すごい生命力。

誰もが自分の中にたくさんの種を持っている。
すごい可能性を秘めている。
たとえ今はそれが目に見えなくても。

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みなさん、今日も読んでくださってどうも有難うございます。

時々、自然の力、生命力に改めて畏敬の念を感じることがあります。
現代の発達したテクノロジーを駆使しても、どうすることもできないことがたくさんあります。
人間は、自然の力の前では無力です。

自然は、「自然」なのだから、そこにはこの世界の法則があるように思います。

きゅうりのように、一見しただけでは生命を感じられない種から、一定の条件さえ満たされれば、やがて生命力あふれる芽が顔を出し、成長し、そしてきゅうりができます。

私達も、小さな種をまき、少しずつその種に必要な条件を整えてやることで、やがては、大きな成果が得られるのではないでしょうか。


それでは、今日も楽しい一日をお過ごし下さい。



*本日、「空へ~女34歳飛行訓練奮闘記」も更新する予定です。
  お時間があったら、のぞいてみて下さいね。