Saturday, October 14, 2006

意識トレーニング?


随分前になるが、何かの本に書かれていたことで、とても興味深いと思ったことがある。

「意識」と「イメージ」の違いについてだ。

その本に書かれていたのは、確か、次のような内容だったと思う。

「イメージ」は、自分が何かを達成した姿などをただ単に頭の中で「思い描く」こと。

「意識」は、現在から未来へかけての「実感」を伴うこと。

例えば、「パイロットになった自分をイメージをする」というのは、ごく自然な表現でも、「パイロットになった自分を意識をする」という表現は不自然だ。

反対に、「パイロットになろうと意識する」とは言えても、「パイロットになろうとイメージする」とは言わない。

つまり、「イメージ」することは自分の意思が直接関与せず、「意識する」ことには自分の意思が働くということだろう。

「イメージトレーニング」という言葉はよく耳にするが、「意識トレーニング」という言葉は、耳にしたことがない。

私には、「意識トレーニング」が必要かもしれない...

************************

皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんは、「イメージトレーニング」したことありますか?

「イメージトレーニング」というと、「トレーニング」とつくだけに、何かたいそうな事をしなければならないような感じを受けるかもしれませんが、誰でも頭の中で、自分が望む物事や状態を思い描いたりするのではないでしょうか。

例えば、家を建てたいと思っている人がいれば、どんな家にするか考えたり、その家に住んでいる自分を思い描いたりするのではないでしょうか。

しかし、「意識トレーニング」は、あまり「意識」してすることってないのではないでしょうか。

何かを改善するには、まずその事を「意識」することから始める、という「意識」ではなく、未来のある状態を達成しようと「意識」する。

そこには、自分が達成しようとする物事に向かって、自分の意思で「行動する」ことの重要性がプラスされる気がします。

みなさんも「意識トレーニング」、始めてみませんか?

......

明日は、いつも通りこのブログはお休みしますが、「空へ」を更新しますので、お時間があるときにでも、読んでみてもらえると嬉しいです。

それでは皆さん、よい週末をお過ごし下さい!

Friday, October 13, 2006

素直


「素直」

「素朴」の「素」に、「直実」の「直」。

大辞林 第二版 (三省堂)によると、「素直」には以下のような意味がある。

(1)性格や態度にひねくれたところがなく、あえて人に逆らったりしないさま。

(2)技芸などに癖がないさま。

(3)物の形がまっすぐであるさま。

(4)飾り気がなくありのままであるさま。

「素直」であること、それは、いろんな面でとても大切なことだと思う。

新しい物事を受け入れるにも、自分の弱さを認めるにも、そして、耳が痛いことにきちんと耳を傾けるにも、「素直」であることがとても大切。

でも、自分のエゴがむくむくと頭をもたげ、なかなか「素直」になれないこともある。

自分では分かっていると思っていたことを、他の人に指摘された時、自分が分かっていたつもりになっていただけだということを、素直に認めるのに抵抗を感じることもある。

・・・・・

「素直」になれない自分、「素直」になれない瞬間をキャッチすることから始めればいいのかもしれない。

そうして、少しずつ、少しずつ、「素直」でいられる瞬間を増やしていきたい。

************************

みなさん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

今日はもう金曜日ですね。

一週間があっという間に過ぎていきます。

みなさんは、「素直さ」について考えられたことってありますか?

私は、日頃、人間が色んな面で成長していくには、「素直」であることがとても大切だと思っています。

しかし、先日、ちょっとしたことから、自分が「素直」になれない瞬間を発見しました。

自分では分かっているつもりでいたことなのに、実際にはできていなかったため、その点について、知り合いの方にご指摘を受けたのです。

そのご指摘から、私は二つの事を考えました。

一つは、自分が何故「素直」に、即座にその事実を受け入れられなかったのか。

そして、もう一つは、これまで、自分が他の人に指摘する場合、どのような指摘の仕方をしていたのか。

そして、改めて、自分と向き合うこと、そして、自分の思いを相手に伝える際のコミュニケーションの仕方の重要性を感じました。

・・・・・・・

それでは皆さん、今日も楽しい一日をお過ごし下さい!

Thursday, October 12, 2006

縮図


先日、お友達のブログ(http://blog.goo.ne.jp/newmany1323)に、 ひすいこうたろう氏の著書「名言セラピー」の中から、以下の言葉が引用されていた。

>>>

「結局、仕事も、人生も
投げかけたものが返ってきます。
投げかけないものは返ってこない。」

いまは過去に投げかけたものが
返ってきているだけ。
未来はいま投げているものが返ってくるだけ。

(中略)

「いま」が問われます。
いま、投げかけているものが
未来のあなたです。

>>>

そして、先日私が読み返した本「森信三語録 心魂にひびく言葉」(編述 寺田一清氏、致知出版)には、以下の言葉が書かれていた。

「一日は一生の縮図なり」

一日一日の積み重ねが、やがては人の一生になる。

だったら、やっぱり、その時その時を楽しむことが、人生を楽しむことになるのだろう・・・

*******************

みなさん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

最近、「今」「今日」の大切さについて書かれたものをよく目にします。

これは、勿論、最近になって書かれだしたわけではなく、ずっと前からあったもので、ただ単に、私の中の意識が、そういったものに向いているからだと思います。

皆さんもそんな経験ないですか?

今までは全く目に留まらなかった言葉や映像が、あるきっかけで、急に視界に飛び込んで来るようになったりしたことはないですか?

人間は、外界の全ての情報を取り入れるのではなく、必要な情報だけを取り入れていて、自分が必要だと思う情報、自分が意識を向けている情報を取り入れるようになっているらしいのです。

ということは、自分が意識をすれば、より多くの情報が入ってくるってことですよね。

自分が今、何を考え、何を望んでいるかをまず知ることが大切ということかもしれませんね...

・・・・・・・・・・・・・・

それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!

Wednesday, October 11, 2006

新しい芽


会社の設立記念に、ある親友から「幸福の木」を頂いた。

あれでもないこれでもないとあれこれ考えて、「幸福の木」を選んでくれたお友達の心がとても嬉しく、大事に育てようと思った。

しかし、ある日、何故か、少しずつ元気がなくなっていることに気づいた。

私は、お水が足りないのか、日の光が足りないのか、それとも、栄養が足りないのか、とあれこれ試してみた。

しかし、結局、部分的に枯れてしまった。

私は、枯れた部分を「ごめんね」とつぶやきながら、切り取った。

私は、そのことがとても悲しく、なんとか元気になって欲しいと願いながら毎日見つめていた。

しばらくは、そのままあまり元気のない状態が続いた。

ある朝、いつも通り、「幸福の木」に視線をやると、なんとなくいつもと違う気がした。

新しい芽がのぞいていたのだ。

近づいてよく見ると、しかも、数箇所から元気な芽が...

私は、何とも言えない喜びを感じた。

「どうもありがとう」と繰り返しささやきかけた。

自分のうまくできなかったことに、再度チャンスを与えてもらったような、許されたような・・・

・・・・・

チャンスはかならず与えてもらえるんだ・・・

************************

皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

皆さんは、植物を育てられていますか?

私は、今まで、あまり、植物を家で育てたことはありませんでした。

今日書いた「幸福の木」ですが、どうやらお水をあげすぎていたようです。

今は、元気に育ってくれています。

ここ数日は、新しい芽の成長力に驚きを感じながら、その美しさに感動しています。

一時は、このまま枯れてしまったらどうしよう...と思い、かなり心配しました。

でも、思い切って、枯れた部分を切除したことが良かったのかもしれません。

「幸福の木」の生命力を信じて・・・


日頃の生活の中でも、枯れてしまった部分は思い切って処分してしまうといいのかもしれません。

そうすれば、「幸福の木」のように、新しい芽がのぞき、エネルギッシュに成長することができるのかもしれない・・・

なんて、思ったりしました。

・・・・・・・・・

それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!

Tuesday, October 10, 2006

オートクライン


「オートクライン」

日頃耳にすることのない、聞きなれない言葉だ。

これは、ある細胞が、他の細胞に対し情報を発する際に、情報を発している細胞自身もまた、自分が発している情報を受け取っていることを意味する言葉らしい。

人が、誰かに話しをする時、相手に対して情報を発しているのだが、その情報を自分でも受け取っている。

よく、友達と話していて、自分が話した言葉に、自分でびっくりすることがある。

自分の中から出てきた言葉に、新鮮味を感じたりすることがある。

ずっと、自分の中にあった考えなのに、話してみたり、紙に書いてみたりと、実際に言葉にしてみて初めて自覚できることがある。

そんな時、自分が求めている答えは、本当は自分の中に既にあったことに気づく。

自分の中の漠然としたイメージの中に、本当は具体的な答えが既に用意されているのだ。

その答えをどうやって引き出すか...

自分の思いを話してみることから始めてみたい...

********************

皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

みなさんも、こんな体験ないですか?

自分が誰かに話した言葉から、「自分は本当はそんな風に感じていたんだ」って思われたことや、自分がどうすればいいのか分かったことってないですか?

私は、頭の中で自分の考えを整理するのがあまり得意ではないせいか、そういう体験はよくあります。

お友達と話をしていて、自分が本当はどうしたいのか改めて気づいたり、自分の探していた答えが見つかったりします。

このオートクラインという言葉は、私が今勉強している「コーチング」でよく使われる言葉です。

私は、常々、誰でも自分の本心から決めた目標であれば、必ずその目標にたどり着けると思っています。

でも、時には、その道を見失ったり、どんな選択をしたらいいのか分からなかったり、また時には、モーティベーションが下がったりすることもあります。

そんな時にお手伝いしたいのです。

どんな小さな目標でも、達成すれば、気持ちいいですよね。

そんな小さな達成から、毎日が輝きだしてくれるのではないでしょうか...

・・・・・・・・・・・・・・・・

それでは皆さん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!

Monday, October 09, 2006


ここのところ、朝晩肌寒くなってきた。

寒さに強いとはとても言えない私にとって、この季節は冬を覚悟する季節だ。

しかし、とても美しい季節でもある。

山の紅葉も、京都でも早いところは、既にわずかながら色づき始めている。

春の若葉のみずみずしく目に眩しい美しさとは一転して、秋の色づいた葉は、成熟の美とでも言おうか。

どちらも人を魅了してやまない美しさを備えている。

そして、どちらも木々にとっては、季節の移り変わりと共に生きていく大切な一つの過程に過ぎない。

秋の紅葉が終わると、木の葉は落ちて、木々は裸で冬に備える。

冬の木々は、寒さにじっと耐えながら、新芽の成長に備えながら春を待っている。

春になると、一斉に芽吹き、夏に向かってエネルギッシュに成長していく。

そして、夏には、成長した葉に一杯の太陽を受け、秋の準備を始める。

どの季節もなくてはならないもの。

どの季節も大切なもの...

**************************

皆さん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

今日は、お休みの方も多いかもしれないですが、どこかに出かけられますか?

京都はとってもいいお天気です。

私は昨日、一週間延期になった計画を実行し、近くの山に行ってきました。

今日の写真は、昨日その山で撮ったものです。

まだまだ紅葉には早かったのですが、所々、写真のような葉っぱもありました。

山の中は、空気が澄んでいるせいか、そこにいるだけで気持ちが澄んでいく気がします。

でも、日頃の運動不足がたたり、今日は体のあちらこちらが悲鳴をあげていますが...

・・・・・・・・・・・・

それでは皆さん、今日も楽しい一日をお過ごし下さい!