Tuesday, August 29, 2006

栗II


栗の皮は固い。
ナイフで剥くのはかなり大変。

でも、小さな頃から、栗むぎにだけは自信があった。

秋になると、よく、祖母がおやつとして栗を煮てくれた。
そして、毎日のように、学校から帰って来ると、栗を剥いでは食べていた。

渋皮を取るのも結構面倒だ。

しかし、それでも、栗が「大好き」だったからだろう、一生懸命剥いで食べていた。

人は何か「好き」なもののためには、少々わずらわしいことでもできてしまうのかもしれない。

もし、私が栗を好きでもなく、食べたいとも思わなければ、一つ一つ剥ぐなどという、面倒なことは決してしなかっただろう。

逆に考えれば、やりたくないことでも、それを自分の好きなことに関連付ければ、できてしまうのかもしれない。

記憶力を上げるために、創造力を働かせ、「関連付け」をすることにより、覚える方法があるが、誰でも持っている「創造力」があれば、自分の嫌なことを、好きなことに、ある意味「転化」することができるのかもしれない。

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みなさん、今日も読んで下さってどうも有難うございます。

またまた栗のお話です。

みなさんはどうやって栗を食べますか?

最近の甘栗であれば、既に皮を取り除いた剥き栗もあり、簡単に食べられますよね。

小さい頃のお友達の殆どは、剥ぐのではなく、半分に切って、スプーンで食べると言っていたように記憶しています。

勿論、その方がずっと簡単で、手っ取り早いのですが、私には、どうしてもスプーンで食べると美味しさが半減してしまうような気がしていました。

別に栗の成分や旨みが変るわけではないのですが、何となく違う気がするんです。
食感が違うからでしょうか。

普段、細々としたことをすることをあまり好まない私ですが、「栗剥き」という、どちらかというと面倒な事は何故か苦になりません。

それは、きっと、「美味しい栗が食べたい」、「美味しい栗が食べられる」といった、「栗剥き」という面倒な行為をも越える想いがあるからではないでしょうか。(ただ単に食いしんぼなだけ、とも言えますが...)

皆さんも、自分の好きなこと、やりたいことの為には、普段やりたくないことでも不思議とできてしまうと思われたことはないでしょうか?

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それではみなさん、今日も素敵な一日をお過ごし下さい!

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