完全

「完全でない自分への怒り」
この一行が私の目を引いた。
これは、昨日の夕刊(日経新聞)に記載されていた、マドンナ東京公演について書かれたコラムの見出しだ。(音楽評論家 渋谷 陽一氏)
渋谷氏は、マドンナのライブを、以下のように評している。
「二時間、全く退屈させない素晴らしいライブであった。しかし、(中略)どこか重く苦いライブであった。」
そして、こう締めくくっている。
「それは、完全ではない自分と、完全ではない世界に対する怒りが、彼女の表現の核にあるからなのだろう。」
このコラムの中で、渋谷氏は、マドンナの背中についた見事な背筋が印象的であったこと、そして、その背筋は、人の何倍も努力をする必要性、そして、それを実行する才能を自覚しており、それが過剰な結果となったのが、あの背筋ではないかと述べている。
どんな世界でも、トップを走り続ける人は、想像を絶するような努力を日々続けているのだろう。
そして、トップを走り続ける人は、前を走る人に追いつく・追い越すという目標は立てられない。
どこを見て走り続けるのか...
それが、「完全」という世界なのではないだろうか...
「完全」...
しかし、これもまた、自分の基準で決めることしかできないもの...
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皆さん今日も遊びに来て下さってどうも有難うございます。
今日のテーマは、「完全」でしたが、みなさんはどんな世界が自分にとって「完全」な世界だと思われますか?
これは、結構難しい質問かもしれません。
少なくとも、私にとっては難問です。
日々の生活の中で、「こんな点は嫌だな」、とか、「あれはこうした方がいいな」とか、一つ一つ嫌いな点が目に付くことはあっても、いざ、「自分にとっての完全な世界とはどんな世界か?」と自問してみると、すぐには言葉に言い表すことができないのではないでしょうか。
「完全」な世界など存在しないと思うこともできます。
しかし、その瞬間瞬間が「完全」だと思うこともできます。
皆さんは、どちらを選んでみますか?
・・・・・・・・・・・
それでは今日も素敵な一日をお過ごしください!

2 Comments:
こんにちは。はじめまして。
ブログを拝見しました^^。フムフムとうなずきながら見ています。
自分にとって「完全な世界」というのは、「愛することができる世界」ですかねえ。
ただ、その「愛することができる世界」というのは、雑多なものがいろいろとたくさんあって、ゴミゴミしているとこも、とても静寂で美しいところもあるような世界です。ある意味「不完全な」世界ともいえるかもしれません^^
マドンナみたいに自分を鍛えることは自分の性格上とてもとても無理なので、そう思うだけかもしれませんけど^^;;
ねこばんちさん、ブログ読んで頂いてありがとうございます。とても嬉しいです。そして、素敵なコメントどうも有難うございます。
「愛することができる世界」っていい言葉ですね。とっても気に入りました。
「完全」も「不完全」も、結局は自分が決めることでしかなくて、自分の「愛することができる世界」がゴミゴミしていてもいいのではないでしょうか...
これからも、思ったことを色々と綴っていきますので、またコメント頂けるとうれしいです。
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