善かれと思って

今日、ちょっと時間のかかっていた仕事をやっと終え、ふと見た本棚にあった一冊の本を手にしてみた。
松下幸之助さんの「道をひらく」。
その中で、ぱっと目に飛び込んできて、自分の心に突き刺さったページがあった。
少し、抜粋して紹介したい。
タイトルは、「善かれと思って」だ。
「善かれと思って、はからったことが、善かれと思ったようにはならなくて、
重いもかけぬ反対の結果を生み出すことが、しばしばある。
思いが足りないのか、はからいが足りないのか、それにはいろいろ原因が
あるのだろうが、よくよく考えてみれば、やっぱりそこには、何らかの策を
弄したという後が目にうつるのである。」
「善意の策も悪意の策も、策は所詮策にすぎない。...つまり、何事に
おいても策なしというのがいちばんいいのである。」
「...はからいを越え、思いを越えて、それを自然の姿でふるまいに
あらわすには、それだけのいわば悟りと修練がいるのではなかろうか。」
ずしりと重く響いた。
「思いを越えて、自然の姿でふるまいにあらわす」
目指したい。
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皆さん、今日も遊びに来て下さってどうも有難うございます。
皆さんも経験ないですか?
自分では、悪気はなく、むしろ善いことだと思ってしたことが、
他の人にとっては、善いことどころか、反対に悪く思われて
しまったこと...
人は皆、一人ひとりが、違ったフィルターを通して物事を見たり
判断しているので、そういうことが起こったとしても不思議は
ないかもしれません。
しかし、それを言い訳にしていても始まりませんよね。
松下幸之助さんのおっしゃっているように、「はからいを越え、
思いを越えて、それを自然の姿でふるまいにあらわす」ことが
できるようになりたい...
とそんなことを思いました。
皆さんはどう思われますか?
.....
お盆休みの皆様、楽しい休暇をお過ごし下さい。
それでは、また月曜日に。
今日も一日素敵な時間をお過ごしください!

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